2010年11月12日金曜日

クラウドの定義を改めて評価: Cloud In A Boxの問題:標準化がなぜ出来ないのか、等


本記事は、Marc Benioff氏以下、Salesforce.com関係者が名を連ねている、CloudBlogと呼ばれるブログでJohn Taschek氏の書いた記事の要約+個人的な分析;
HMS Beagle
先日発表されたOracle社の"Cloud In A Box"ソリューションに対して、様々な意見が飛び交っている。

全体的に反論する意見が多いように見受けるが、その代表的なコメントとして、Beagle Research GroupというCRMを中心としたコンサルティングを行う調査会社のCEOである Denis Pombriant氏の意見が興味深い。

"The idea of cloud in a box, private clouds and public clouds is completely contrary and it devalues cloud computing to the point of nothing." - Denis Pombriant

「クラウドを箱に入れよう、という発想自体がそもそもプライベートクラウド、パブリッククラウドの議論と合わせて矛盾をさらに深めるもので、既にクラウドコンピューティングの定義自体がなくなってしまっている。」


という大変鋭い意見である。

CloudBlog関係者がDenis Pombriant氏とインタビューを行い、さらに"Cloud In A Box"に関する意見についてヒアリングした。

インタビューの中でいろいろと述べているのでそれ自体読み応えがあるが、最も重要なポイントは、クラウドを複数形で使う、という現状に対する懸念である。

つまり、Oracleが提案するようにクラウドを「箱」に入れる、という事が問題なのではなく、そうする事によって複数のクラウドをどんどん作ってしまう、というビジネスモデルが、結局従来のProprietaryなITビジネスモデルと何ら変わらないのでは、という意見である。

本人の言葉をそのまま転載すると、
The answer is that the multiple flavors of cloud computing aren't fundamentally different and are really no more than the extension of an old paradigm, not a new one.
という事である。

この意見については、小生も強く共感をするもので、今後のクラウドコンピューティングのビジネスモデル、技術的な方向性を決める上でよくよく考えておかなければいけない課題である、と感じる。

まず、Oracleの取った戦略については、2年前にIBMが発表した、IBM Websphere CloudBurstと呼ばれるアプライアンス製品に非常に似ている。両社とも今やハードウェアベンダーである、という共通点がある、という意味では同じような戦略をとる事にさして大きな問題は無いが、IBMのこの製品はほとんど売れておらず、製品戦略としては失敗作である、という評価を受けている。

数年前から、複数のクラウドが存在する状況を見て、それを共通化する必要がある、という動きがある、NIST、Open Group、DMTF、CCIF、CSA、ETSI、OMG、SNIA、Open Cloud Consortium、OASIS、等、公共機関、ベンダーコンソーシアム等、多数の団体が動いている状況であるが、正直のところ、実際にそれが採用されるためには、いくつかの条件がある。

まず、業界に存在するすべてのクラウドベンダーがそれに同意し、投資をかけてその共通仕様を実現するための開発を行う必要がある。さらに、その先のシステムインテグレータ、アプリケーション開発ベンダー、エンドユーザもこの共通仕様に賛同し、実際に採用をするために投資する必要がある。

そこまで労力をかけてまで共通化する必要性が果たしてあるのか、という答えがあまり明確でない状況の中、業界全体を巻き込んだ標準化の動き、本当に一枚岩になって動く事が出来るのか、今ひとつピンとこないのである。ましてや、それをするための時間、本当に各社そんなに余裕があるのか、むしろそちらの方に課題があるのでは、と思われる。

なぜ標準化が難しくなってきているか、少し分析する必要がある。

その理由は、時代が一部のベンダーがOSレベルで事実上の標準規格を行っていたメインフレーム、UNIX、PCネットワークの世界から、複数のベンダーが事実上の独自仕様を維持しながら強調をする事によって構成されるインターネット、モバイルネットワークの時代に移り変わり、従来の「標準化」というものの意味、そしてその価値、ましてやそれを実際に市場に投入し、採用してもらうための時間とエネルギーは昔と全く事情が変わってしまっているのでは、と考えられる。少なくとも現在各団体が行っているクラウド仕様の共通化のスピードは業界の動きに全く追いついていない、というのが小生の正直な実感である。

IT業界を構成するプレイヤーが多くなっている事と、技術イノベーションのスピードが早くなった、という2点である。

Denis Pombriant氏が指摘するのは、Oracleのこの"Cloud In A Box"コンセプトがこの2点を阻止する動きの代表である、と暗に指摘している。

Oracleの客からすれば、マルチベンダー環境で揺れ動いているクラウドインフラ上に由々しくも自社のMission Critical資産をのせる位ならOracle一社で統一された、安定しているプラットホームを採用したい、という気持ちがある、と言える。それはそれで全くもって同意できる。ハード一台だけで$100万ドル払う余裕があれば、だが。

2010年11月10日水曜日

Lotus Notesがクラウド化、Microsoft Azure・Sharepointと対向:Ray Ozzieという共通の開発者

Lotus Notesがクラウド化した、というニュースがしばらく前に入ってきた。

元々、Lotus Notesは、今はMicrosoftのChief Software Architectの役職を去ったRay Ozzie氏が元々開発した製品である。Lotusを買収したIBMがよもや自分の開発した製品をクラウド化した事をMicrosoftをクラウド化する責任者の立場から見てどのように感じたのであろうか?

せっかくなので、Lotus Notesの簡単な歴史について調査をしてみた。
  • 1973年にDavid Wooley氏がPLATO Notesと呼ばれるオンラインメッセージボード機能をもつソフトを開発し、その時にRay Ozzie氏はUniversity of Illinois在学中にその開発を支援した。
  • この当時、Ray Ozzie氏はLotus Development Corporationという会社の創始者であるMitch Kaporと親交があり、同氏の協力を得てIris Associatesという会社の設立を行う。
  • 1984年に設立したこの会社は、PCの機能を上記のPLATO Notesの機能を統合した製品の開発を行い、Ray Ozzie氏がその開発責任者となり、Lotus Coporationが販売、マーケティングを行っていた。
  • 1994年、Lotus社はその当時の最新バーション、Notes R3がリリースされるタイミングにおいて、Iris社を買収する。またその一年後の1995年に、IBMがLotus社を買収している。

その後、OzzieはIBMを去り、Groove社を設立している。その後、GrooveはMicrosoft社が買収し、後のSharePointの開発母体となる。OzzieのMicrosoft在籍時は、William Gates氏にChief Software Architectとして任命され、Microsoftのクラウド戦略である、Azureの立ち上げに大きく寄与している。

Ray Ozzie氏はこう見ると、IT業界における、企業向けクラウドソーシャライゼーションのコンセプトを打ち出し、それを複数の製品として世に送り出している、という意味では非常に業界に貢献している、ということが出来る。
Microsoftとしては大きなロスであろうし、今後Ray Ozzie氏がどのような動きを見せるか、についても非常に興味深いところである。また新たなエンタプライズソーシャル向けのソリューションの構想を練っているのでは、と期待されるところである。

ところで、Microsoftが推進する、AzureをベースとしたSharePoint、IBMが推進するLotus Notesのクラウド版(LotusLive Notes)以外にも、下記のような会社がエンタプライズソーシャル製品として市場に登場している。
  • Yammer:企業内マイクロブログ、ファイル管理、メッセージング、等、一通りのコラボツールがemailの登録だけで簡単にできる、というSaaSソリューション
  • StatusNet :企業内のマイクロブログやメッセージングを提供する。SaaS型のサービスと、On-Premise型のライセンス事業の2つをサポートしている。
  • Sociacast:上記同様にマイクロブログ、メッセージを提供する。SaaS/On-Premiseの両方をサポートし、Outlook, SharePoint等、オフィスソフトとの連携が強化されている。
  • Socialtext:企業内SNS、マイクロブログ、Wiki、モバイル連携等広い範囲をサポート。アプライアンスでの提供もある点が特徴
  • Jive Software:導入コンサルも含めて、企業に対するソーシャルネットワーキングによる効率向上を実現する事を強調している。上記企業と比較してかなり規模が大きくなっている。

2010年11月9日火曜日

北米の文教市場における、クラウド事業の競争激化:GoogleとMicrosoftの戦い

Googleが自社のクラウドソリューションである、Google Appsを文教市場に強く売り込んでいる、という情報。

先日の発表によると、Googleは既にOregon州, Iowa州, Colorado州さらにMaryland州加え、New York州に自社のGoogle Apps for Educationという製品を州全対のK-12(幼稚園から高校)の学校に一斉導入した事を明らかにしている。 

New York州だけでも、697カ所の学区があり、合計310万人の生徒、数十万人の先生を抱える大きな顧客である。これら全員にGoogle Appsが提供される、という内容の発表が先週行われている。 

ブログでの発表はここ

発表のタイミングも巧妙で、Microsoft社が発表した、米国各地の大学におけるLive@eduと呼ばれる、同社のクラウド製品の導入した記事を追っての発表である。Microsoftの導入した大学は、San Francisco State University, CSU Long Beach, University of Montana, and Washington University (St. Louis)等である。

文教関係における、オフィス関連製品のクラウド化というのは、そのメリットが認識されていく中、MicrosoftとGoogleの激しい市場獲得争いが展開されていく状況は今後も注目に値する。文教市場に自社製品技術を広く導入する事によって、結果的にビジネス業界に生徒が移っていく際に選択する技術に大きく寄与する、という事も戦略の大きな核として考えられている。

以前Appleが自社PC技術を文教関係に多く導入し、その市場を守っていったという歴史もある。
今度はクラウド市場でも同じ戦略が展開される事になるが、初期投資の少ないサービス事業であるため、かなり厳しい強壮になる事が想定される。

2010年11月3日水曜日

AWSの無償インスタンス提供の先にある戦略とは

先週は、Amazon Web Servicesが新たな価格帯をEC2に対して提供を開始した。 

無償インスタンスの提供である。 

ただし、期間が一年と限定されている事と、インスタンスのサイズも限定されている、といういわば期間限定、お試しバージョンのサービスの登場である。

俗にFreemium、と呼ばれるビジネス戦略はクラウドのビジネス、Web2.0の市場においてはごく当たり前に提供されるもので、AWSは、既にSimpleDB, Simple Queueing Service (SQS), Simple Notification Service (SNS)の3つのサービスに対しては無償のサービスを提供する中、今度は中核のサービスであるEC2も無償で提供する事になった。 

多くの記事がこの無償のサービスの登場について分析を行う中、主としてその分析はユーザーの急激な増大に対する期待に集まっているが、いくつかの記事はその先の一年後、この無償サービスの期限が来た時にどうなるのかについては議論している。

下記のような予測があげられている。

  1. クラウドの導入は、企業に取ってのIT資産の容量管理(Capacity Planning)の考え方に大きな影響を与えている。従来、システム運用のピーク時に照準をおいたシステム容量を基本的に行っていた考え方が、システムの負荷が最も低い状態に主軸を置いてシステム容量設計を行う考え方に変わりつつある。
  2. その一つとしてあげられるのが、逆転の発想である。通常のシステム運用をクラウド上で行い、そのシステム構成は、最低限を負荷に対応できる規模に押さえておく。その代わり、システムに対する負荷が増大した時にOn-Premiseにおいてそのサービス要求をすべて受ける構造を持つ方式である。
  3. この方法論と、上記のAWSの無償サービスを組み合わせると、通常のシステム運用を事実上タダで動かす事が可能になる。負荷増大が起きた時だけ、必要な分のIT投資を行う事によってシステム運用コストを最適化する事が可能になる。

AWSの提供するこの無償サービスは、単にAWSの新規ユーザを開拓する事だけではなく、システム運用の新たなコンセプトを実際に実現できる環境を提供できる、という点で大きく評価をしてるアナリストが登場している。


同じ分析記事に置いて、さらにAWSの内部におけるメリットもいくつかあげられている
  1. 一度システムの小さなインスタンスをAWSに作り上げると、ユーザはそこから出て行くインセンティブがほとんどなくなる。通常はタダでシステム運用を行い、いざトラフィックが増大した時だけ費用を支払うという仕組みが出来上がるため、AWSとしては無償サービスで入ってきた顧客はほぼ永久的にユーザであり続ける事が期待できる。
  2. 顧客あたりのインスタンスが小さければ、総合的にAWSの運用するデータセンタ環境のUtilizationが向上することになる。大きなインスタンスを数個保有するより、小さなインスタンスを大量に保有する方が、技術的にデータセンタの利用率が向上する事が期待される。 大きなインスタンスを契約している企業がある時点で契約解除した時にその違いが顕著に現れる。 小さなインスタンスは入れ替えが激しいかもしれないが、ある程度一定の顧客層と利用率を保証できるからである。 さながらテトリスのゲームのようである、というたとえもある。
  3. 基本的にIaaS事業は、長期契約があまり存在しないため、上記のように小さなインスタンスを重視した経営方法というのは非常に需要な意味をもつ。この辺の戦略、従来のSI事業としては従来の発想から切り替えるのに苦労する事が多いに想定される。 

結論として、AWSのコンセプトは次のような捉え方をする事が可能である。
  1. 長期的な契約を欲するユーザのためのサービス = Reserved Instances
  2. 短期、小規模のインスタンスを要求するユーザ層 = 今回発表された無償バージョン
  3. それでも余剰の空間をオークションを通して更なるユーザ要件で埋め、極限までデータセンタの利用率を向上させる = Spot Instances

クラウドコンピューティングは技術論ではなく、ビジネス論である、と今や多くのアナリストは論じており、今回の発表とそれに同期した分析を集約すると、さらにこのコンセプトが進化して、経済論になりつつある、と感じている状況である。 英語で言うと、"Cloud Economics"という言葉でよく表現される。

日本のクラウドコンピューティングも、そろそろ技術論から脱して、一挙に経済論、それも日本のIT市場に合った形での経済論が必要になっている、と強く感じている。