2010年10月27日水曜日

MicrosoftからRay Ozzie氏が離れるまでの経緯: 批判的な分析の代表例

Ray Ozzie's leaving Microsoft: What took him so long?
Microsoftに関する記事、特にChief Software Architectという肩書きをもった、いわゆるMicrosoft社の技術陣の最高峰に位置付けられていたRay Ozzie氏が同社を離れた事に対する分析記事が
多く登場している。
 
基本的にはこういう記事は個人的な主観が混ざってしまう傾向が高いため、あまりブログに取り上げない様にしているが、今回の事象に関しては、クラウド市場というものがどういうものなのかを理解する上で興味深い、と感じており、いくつかの記事で登場したコメントについて分析してみたいと思う。

まずは、Ray Ozzie氏のMicrosoftに対するクラウド時代への変換の必要性を訴えた、"The Internet Services Disruption." と呼ばれる社員全員に向けたメッセージが同氏のMicrosoftに対する意気込みを示す最もも有効なものとして見る事が出来る。これは、RayがBill Gatesに誘われてMicrosoftに入社した2005年の3年後の2008年の10月に社員全員に送られたメールである。従来のクライアントサーバーベースのソフトウェアライセンス事業のモデルから、クラウド型のサービス事業への変化が必要である、という事を切々と説明している内容である。  改めて読み返すにあたり、よくコンセプトがまとめられている事に感心すると同時に、Microsoft社が結果的にそれを十分に吸収する事ができなかった、という印象を受けざるを得ない。 

関係者、特にMicrosoftに近い人間の意見によると、この時点で既にRayはMicrosoftにおける自分の出来る事の限界を感じ始めていたのでは、という人もいる。 

Ray Ozzie氏は、元々はLotus Notesという製品を開発した人間である。クライアントPCとサーバーとの間のデータやプロセスの同期を保証する機能が非常に優れていて、そのコンセプトは非常に評価される一方、実ビジネスにおいては必ずしもそのコンセプトが活かされてはいなかった、と言われている。最終的にはIBMに買収され、同社のITソリューション事業の一部に組み込まれている。

後に、Ray Ozzie氏は、Groove社という会社を起こしており、これが2005年にMicrosoftに買収されている。 Grooveは当初はMicrosoft Officeの一機能として統合され、後に SharePoint Services の機能に組み込まれている。 SharePointの今日の姿はOfficeと並び、企業向けの情報管理ソリューションとして販売されているが、必ずしも主力製品としての地位は獲得しているとは言えない。

Ray Ozzieが上記のクラウドサービスのコンセプトを説明したメッセージを社内に発信したのはこの後である。 このメッセージを最も具現化したのは、Microsoftのクラウド戦略である、Azureである。 2008年のPDCにおいては、Ray本人がAzureの事を、「独自のAPIを持つ、クラウドベースのOS」、と定義している。 この約一年後の2009年の12月、Microsoft社は大幅なレイオフを含めた組織改正を行い、Azureの開発はRayから別部門に移行し、当初のコンセプトとは程遠い姿で出荷されている。

あまり知られていないが、Rayが取りまとめたもう一つの製品があり、Live Meshと呼ばれている。 この製品は、クラウド上のアプリケーションやデータの統合を行う先進的な機能を有していたが、最終的にはWindows Live Syncという製品として市場に投入されたが、機能がかなり削られている結果となった。

もうひとつの製品は、Live Labsと呼ばれる。 Rayが密かに温めていた戦略的な製品で、2006年に発表されて以来、Googleに対向し得るインターネットアプリケーションのRADツールとして評価された。  発表の2週間後、Live Labsのチームは解散し、Bingグループに統合され、Live Labsの開発は責任者は退社している。

一年後、RayはFuture Social Experiences (Fuse) Labsと呼ばれるアプリケーションやサービスの開発、運用プラットホームをプロジェクトとして発足している。 このプロジェクトは最終的に、Facebookのアプリであるdocs.comという名で発表されている。  

このように、Ray Ozzie氏のMicrosoftでのキャリアはかなり山あり谷ありであった状況が見えてくる。

Ray OzzieとCEOであるSteve Ballmer氏両人がパネルディスカッションに登場するイベントが恐らくRayのMicrosoftにおける心境を最もよく表しているのではないか、と思う。
今年の6月に開催された、D8 conferenceと呼ばれるコンファレンスでの事であるが、いつもの強気なイメージのSteve Ballmerとは対象的に、Ray Ozzie氏が非常に大人しく、もの静かに質問に対して回答をしている姿が非常に印象的である。 パネルディスカッション中に度々指摘されているが、両者のクラウドコンピューティングに対する考え方の違いがかなり如実に現れており、何とも妙な不安感を感じざるを得ない。Ray氏のクラウドに対する理解が非常に的確であるのに対して、Steve氏のクラウドコンセプトはあくまでも既存のPC、サーバインフラを補完するものとして位置付けている、という点、明らかにその違いを感じ取る事が出来る。
 

クラウドコンピューティングのコンセプトは、単なる技術ではなく、ビジネスのやり方、ITの取り組み方を大きく換えるパラダイムシフトである、という事はよく議論されているが、具体的にどういう変化なのかはまだよく見えていない、と言われる。 

上記のMicrosoftにおける、今日の収益を大きく支えるレガシーのビジネスモデルと、新しい時代のクラウドビジネスモデルとの間の違いは、結果的に大きな溝として浮き上がり、最終的にRay Ozzieの退社、という結果を生む事になった、と言える。 つまり、Microsoftの方向性は、既存のレガシー事業を守る形で、クラウドを補完技術として採用する、という事である。  

Azureの未来も、これで大きく当初のコンセプトから離れ、Microsoftの資産である、.NETを継承する独自のクラウドインフラになる事が想像される。一種のプライベートクラウド化、というところだろうか。 これはデスクトップ市場を継続的にWindowsで独占し続ける事ができれば現実解として可能性はあるが、クラウドがますます浸透する今日、果たして企業は自社のアプリケーションやデータの資産を特定ののOS上で管理する必要性を感じるのだろうか、Microsoftの選んだ戦略に対しては、大きな疑問が残る。